新潟日報 おとなプラスは恵心尼さま。

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思わず手に取りたくなるような記事の特集が多いおとなプラス、今日は上越ゆかりの親鸞聖人の奥様、恵心尼でした。

平塚らいてうではありませんが、
私は恵心尼が、浄土真宗の開祖親鸞を精神的、肉体的、経済的に支えた、太陽のような存在ではなかったのだろうかと感じていたりします。

親鸞聖人上陸(配流だから御本人からすればあんましめでたくないんだろうけど)400年記念に募集された居多が浜記念館のボランティア。
実家は曹洞宗なのに、なんとなく惹かれてガイドとして研修を受け参加していました。

師・法然が「南無阿弥陀仏って唱えれば、阿弥陀さまの誓いによって誰だって即救われるんだぜ(専修念仏)♡」と説いた浄土宗の教え、結構好きでして。

唱えれば(この考え方を知れば)、老若男女誰でも貴賤を問わず救われちゃう、死んだら浄土という素晴らしいところに行けちゃう、って約束されるってことはですよ?。
「唱えたらもう今ここで、あなたはあなたのままで救われてるってことなんですよ。驚いたでしょう、お釈迦様ったらミラクルぅ!、だし色々心配しなくていいの。そのままでみんな愛されてるし許されてるから大丈夫、全然OK!」という意味だと感じました。

弟子の親鸞は開宗するつもりはなかったらしいのですが、「法然によって明らかにされた浄土往生を説く真実の教え」を継承し、さらに高めて行く事に力を注いだ結果、どーゆーわけだか後世こんな感じで伝わっていたりするのです。
不思議ですよね、8代目蓮如さんが相当な遣り手だったからかなぁ、知らんけど(笑)。。

浄土宗も浄土真宗も末法思想のはびこる当時、生きることに疲れ苦しんでいた多くの民衆に受け入れられ、怒涛の勢いで広まっていきます。

配流のきっかけはイケメン坊主ととある女房の一件だったという説が有力なのですが、「何、こいつらちょっと怖い、やめてくれる?、その布教!」と思っていた後鳥羽上皇からすればいいチャンスだったわけで。
親鸞は師や仲間とともに京を追われ、奥さんの親御さんの地元を頼って流されてきた、ここ越後の国で思想を深めていったとされています。

同じ時代を生きた華厳宗の明恵は偶然にも親鸞と同じ年生まれだったりするんですが、他の宗派には優しい態度なのに、法然の教えだけは『これは仏教ではない!』と厳しく批判していたりします。
「元々、仏教は生き方を教える哲学だからね!」と、ブッダファンの友人タツゴロウさんがヒートアップするのもここらへんかなと思うのですが、「救われている」とするあたりがなんてーか、『宗教』になっちゃうからなんだろうなぁと。

細かいところはさておいて、
「浄土宗というのは、仏教が奈良時代に日本に入ってきてから長い年月をかけ、日本の土着の信仰と融合されたひとつの到達点である」、という考えを述べていたのはどなただったか、ちょっと忘れてしまったんですけど。

無宗教といわれる日本人ではありますが、個人的な信仰を持つ方を除けば、だいたいの方が縄文時代の「先祖に深く守られ(肉体の叡智)、すべてに神が宿り、自然も宇宙も私もすべてはひとつのもの(魂の叡智)」という、古神道にも繋がっていく感覚の上に、仏教(すべての宗派)がOSとして搭載されていると私は感じています。

仏教において最高の境地『悟り』に至るには、あらゆる執着を手放していきなさい。よく言われていることですが、これがまた肉体を持った私達が実践するとゆーのはなかなかどうして非常に難しいとされています。

それまで日本にあった小乗仏教の考え方では、政治の問題もあったのでしょうが「出家した男子」しか悟りを開けないといわれていました。

当時のお坊さんたちは、大多数のひとが隠れて女のひととまぐわったり、御稚児さんと遊んでいたりしたんですけどね。
どーゆーわけだか皆自分の悟りを開くのに必死で、自分達にとって物凄い引力をもつ女性そのものを遠ざけるために、「穢れている、女のままでは成仏できない」などと教えていました。

そもそも、地球は二元性の星だから。
陰と陽とか、ひとりの中にも男性性女性性が普通にあったりね。
生物学的にも男性女性がいるし何事もバランスでしょっていうか、反対の方が気になったり求めたくなっちゃうのは当たり前の作用だと思うんですけど。

解っていても女が不浄ですって?、
何回聞いても失礼しちゃう話だよね、ぷんぷん!とさとう珠緒のようにやりたくなるわけですよ。
てか知ってる?、奈良時代日本で一番最初に出家したのは尼さんだしね!?といつか広報を使ってシャウトしてみたい気持ちが満々なのですが、それだけ男性にとって女性が魅力的だっとゆーことだと思うんですね(勿論逆もまた然りです♡)。

親鸞は教えの通りに女性を遠ざけ、尽きない煩悩をなんとかするために激しい修行を重ねてはみるのですが、修行に励めば励むほどもうどうにも止まらない。

「自分は女性に対する欲求をどーしても我慢できない、これは人間としてもういた仕方なさすぎ!」
悶々が極まったある日こんな夢をみます。

「You、ヤっちゃいなよ。
Youがヤりたくなったときは俺が女になってやるからさ。安心しろって、任しとけって!」
と観音さまから告げられたのです。
その観音さまの化身として親鸞を受け入れ、すべてを支えたのが恵心尼でした。

原始仏教の教典はほんとにみんな平等で。
ブッダと庶民も平等、その教えをもとに男女や在家出家の区別なくみんな平等にバシバシ悟りを開きまくってるんですけど。
その当時、日本の仏教界で奥さんと暮らすってゆーのは誰からみてもかなりな異端だったと思うし、相当叩かれただろうなーなんて。

まぁ、長々と何が言いたいかと言うとですよ?。

同じ女性の生き方として、己のすべてをかけてもいいと思える誰かと出会えることとか。
ひとりの男のひとを支えきる人生というのも、ちょっぴり憧れたりするわけです。

目に見えない真実を追い求める旦那を支え、照らし、育み、彼が信じる法を2人で心から信じ合うって生き方も、しんどいけど貫けば凄く幸せな人生だったんじゃねえの?って思ってたとゆーそれだけの話。

そんな懐の深い、 
太陽みたいな女の生き方に憧れている私、7福の村田でした。


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by satoko4000 | 2018-08-02 22:01 | 日常 | Comments(0)

自分探し終わらせ隊! ガテン系カウンセリング。


by satoko4000