生家探険記。

e0383190_17335340.jpg


昨夜、刈羽村を見下ろすお風呂で貸切を楽しんでおりました、7福の村田です。
金星に寄り添う月が本当に美しかったです。

瞑想していると、年子かな?と思われる5歳くらいの女の子と男の子の姉弟がぱたぱたっと入ってきまして。

私のいる方と反対側の水面をじっとみていたお姉ちゃんが、急に手桶を持ち出したかと思うと虫をすくって捨てはじめたんですけどね。

「わぁ、虫を拾ってくれてるんだね、ありがとうね。」
と声をかけると女の子は誇らしそうに頷いて。
なぜか男の子の方が、
「どうして虫を拾うか知ってる?!」と、ジョジョのようにキメポーズで私を指差します。
「おばちゃんわかんないなぁ、教えて?」と返事すると、
「虫はね、お風呂に入るとおしっこしちゃうから後の人が困るんだよ。だからすくって外に出してあげるんだよ!。おばあちゃんが言ってた!。」
「えー、そうだったんだぁ、知らなかったなぁ。」

後の人が困るから。
そう思うだけで出来ることがたくさんあって。

誰だったか名前を忘れてしまったけれど、有名な作家さんが甥っ子さんを預かって一緒に暮らすようになったときも、
だらしないと評判の甥っ子さんに、
『後の人が気持ちよく使えるようにしてくれれば、あとは何して貰っても構わない。』
というルールだけを設定したところ、お互い何の問題もなく、非常に気持ちよく暮らすことが出来たという話があったなぁ、なんて思い出してみたくらいにして。

私の母久子も銭湯から野趣満点な秘湯まで色んなお風呂に連れて行ってくれましたが、
「ここはみんなの場所だから。周りのひとや、後から来る人のことを考えて綺麗に使いなさい。上がるときも身体をよく拭いてあがりなさい。」と、シャワーの水が掛かる先まで考えろと教えてくれたなぁと思い出してみました。

私が娘のお猿さんに伝えたように。

この子達はきっとおばあちゃんの心を受け継いで、その次の世代またその次の世代へと伝えていくんだろうなぁ…と思ってなんだかほっこり。

だし、
手すりにちんちんをこすりつけて、
「ちんちん🎵、ちーんちーん🎵」
とやっていたことはそう、おばちゃん内緒にしててあげるとも。
大きくなれよう…(はいりほー)、
おばちゃん色んな意味で祈っているよ…♡

脱衣場にもどると、
今度は小学生のお姉ちゃんとその妹さんが。おばあちゃんがトイレに行ったのをみて、
「○○もやっとく?」
「ううん、やらない」
って会話してました。
トイレってする、しないかと思ってたんだけど違うんだ。
やるかやらないかなんだ、やっとくものなんだ…!!ていうか、ニュアンスから思わず金八先生のころの三原じゅん子を思い出したのはここだけの話ね(笑)。


てなわけで、
田中角栄旅。

e0383190_17344818.jpg


一緒に行った友達がちょうど転機の始まりで、色んな体験や言葉が降りてきた不思議な2日間でした。

田中角栄といえば、今太閤とよばれたほどの大人物。
戦後の政治家と言われたら、真っ先に思い浮かぶのは彼の名前なのではないでしょうか。

しかしながら、
私が子供の頃はちょうどロッキード事件で断罪されている最中でして。
国会で喚問される姿や脳梗塞で倒れたあとの姿しかしらず、「何か悪いことをしてしまったひと」という印象しかありませんでしたし、この方が西山町の出身であることもろくに知りませんでした。

社会人になって西山町に勤務するようになった頃も、
東京からのお客様達が皆さん
「田中さんの実家に寄ってもらうことはできますか?」
とおっしゃる意味がよくわからなくて。
リクエスト通りにお供すると、閉ざされた門のこちら側、目を潤ませながらご自分の中で長い間会話をされてるような佇まいにかける言葉も見つからず、近くの草をむしっていたという次第です。

ここ何年間か、
現在の政治に対する不安や昭和のリーダーシップに対する回顧的な流れからなのでしょうか、田中さんに関する書籍がたくさん発行されブームにもなったわけなのですが、そのうちの何冊かや語録を読みあさってようやく40を過ぎた今、「おい、ちょっと待てよ。」と、なったわけなのです。

ばあちゃんが越山会で頑張ってたのを小馬鹿にしたときもあったけれど、これだけたくさんの偉業を成し遂げ、なおかつこれだけたくさんの人を魅了するというのは、
お金をばらまく政治というだけでは成し得ない、他の大切な何かを持った、本物のひとだったなんでないのかなと思うに至りました。

対する友人は、
田中さんを小さい頃から身近に感じ、一般人が知らない距離で田中さんのエピソードを持ち、坂田のお家にもお墓参りにも子供の頃普通に通っていた親戚筋。
これはこれで、色んな思いやプレッシャーがあったのではないかと思う訳です。

生家に入るにはまず、角栄記念館へ行かねばなりません。
以前なぜか社長と二人で見学にきた記念館は閑散としていて、真紀子の可愛いときの写真しか記憶に残らなかった訳なのですが、果たして土曜日の朝着いてみるてーとなんと記念館の駐車場はほぼ満員御礼。

色んな県からたくさんの方達が今日のイベントにあわせて足を運んでおられました。

中に入るとすぐ、
「ビデオの上映がはじまります。」
と声がかかり、以前も観たはずのビデオを眺めていると、
まだ元気だった頃の田中さんが新潟に対する思いを語っておられました。

田中さんのお母さんのお姉さんであったという友人のひい婆ちゃんの話も出てきて、隣の友人はどんな思いで聞いてんのかなーなんて余裕があったのは最初の方だけでした。

ちょっと意識を集中させて当時の田中さんに繋がってみると、溢れ出てくるのは地元に対する愛と誇り、そして感謝しかないのです。
ダイレクトにくるのは源泉のように熱く湧き上がる思いに対して「俺は何ができるか?」と毎秒毎秒、呪文のように自身に問いかけつづけてきた姿でした。
「これからこの故郷を支えていく人達に、俺は何ができるのか?」
田中さんの場合、それは故郷西山町からはじまって、やがてそれは新潟県になり、東北になり、国や果ては世界にまでその視野は及んでいたのだなとスケールに圧倒されてしまう勢いです。

なんだか観ているこっちの臓腑が煮えたぎったようになり、獣みたいなうめき声を上げて泣き出してしまいたくなるほどの純粋さでそれは迫ってきます。

知ってます?、
馬ってね、自分に痒い所があると、先に自分が「ここが痒いんよ」と他の馬の同じところをカミカミするんだそうです。
そうすると、相手の馬が自分の方にも同じ事をしてくれるという仕組みになってるんだとか。

私が学んでいるスピリチュアルでもそう、してほしいことがあったらまず自分から先に与えてしまうということが一番の近道だと、私は経験則的に知っています。
同じ波動になることによって、同じものを引き寄せるというのも同じ原理だと思っていて、勝手に『先出し後入れ方式』と呼んでいます。

そういやB'zも「Love me, I love you」で同じような事を歌ってましたね、
『人の心はどうしても何か足りないけれど
そこんとこ埋めるべきなのは
恋人じゃない 親でもない 
ねえ、そうでしょう
Love me けちってないで
ボクはきっと愛をもっと出せる…』

心理学者のアドラーが、
「人は自分の幸福のために生きている。人に尽くすことは、自分自身が幸福となる近道なのだ。
その人のためではない。このことを理解出来ると、心から他人を愛せるようになり、全ての悩みが消える。」
などと言っていたなぁとか、もう愛に関するありとあらゆる言葉を思い出して。
まるで、荒れた大海に投げ出されてしまったかのようなうねりに翻弄されてしまいました。

わー、私は小さい。
本当にどうしようもないくらいに小さい。
大して容量もないくせに出し惜しみして、損か得がで考えないようにしているつもりでも、全然そんなことないっていうか、損したくない人間だったなぁという恥ずかしさと。

自分の中で大きな本質の答えを持っているひとは、
どこへ行ってもどんな問題が起こったとしても判断基準が明確だから、どんなときも素早く判断できるんだなぁということ。

そして、
その判断力と行動力によって自分に対する確かな何か、
絶妙なバランス感覚で、
愛だけではない自分の見せ方や政をがっしがっしと推し進められるだけの自分を信じる力(=他人を信じる力)があったんでないのかなと。

凄く魅力的なんですよ、
今までも歴史上の色んなひとの史跡で色んなひとと繋がってきましたが、強さも弱さも何もかも受け入れて超えていくその姿。
ダントツ一位か二位くらいで好きかもしれません。

それから、
新潟という風土が持つ、真理に近い県民性といいますか。
梅原猛先生の「越後の霊性」なんて本もありましたが、柏崎では他に創価学会の牧口常三郎を輩出していたりして。

流されてきた親鸞や日蓮、
白隠などがここ越後にこなければその教えを完成させることはなかっただろうと言われるような、
深い基層にある信仰心や宗教心にも似た集合意識の力も、田中さんから感じることが出来ました。

一緒に行った仏教大好きな友人がおしえてくれた、地涌の菩薩という言葉を感じつつ、
お家とお墓でよっしゃよっしゃと笑う田中さんにお辞儀をしながら二日目の目白邸へ続きます。

[PR]
by satoko4000 | 2018-06-17 17:33 | 日常 | Comments(0)

タクシードライバーでスピリチュアルカウンセラーでフリーアナウンサーを目指す四十路のとわずがたり。


by satoko4000